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R-plus+ #17

※本記事はインタビュー時点での内容です。

袴田 和巳(はかまだ かずみ)
名古屋大学工学部 化学・生物工学科 卒業
名古屋大学大学院 生物機能工学専攻 修了
九州大学大学院システム生命科学府システム生命科学科 修了
2024年10月 中途入社

今回は、ライフサイエンスソリューション部でゼネラルマネージャーとしてご活躍されている袴田さんにお話を伺いました!

まずはじめに、袴田さんのご経歴を教えてください。

前職と前前職ではライフサイエンス領域の仕事に従事しており、主に受託業務の取りまとめをしていました。個々の案件では、お客様の課題分解・アプローチの検討・結果報告などの対応や、その他にも医療機器に必要なISO13485の取得・維持なども行っていました。対象の業界としては、製薬会社との共同研究や共同開発が多かったです。

大学では生物工学を専攻されていたということですが、もともと生物学の領域に興味をお持ちだったのでしょうか。

袴田:だいぶ前のことすぎて、なぜ生物工学を選択したのか、詳しい理由までは覚えていないですね。
ただ、当時はバイオテクノロジーを利用した研究や技術の発展が著しく、世間がバイオブームだったこともあり、興味が湧いた部分はあったと思います。

大学院卒業後は、東京大学と大阪大学で特任助教・助教をされていたということですが、そこから一般企業に転職された理由やきっかけを教えてください。

袴田:大学で細胞の研究をしていた時、体を形作っている個々の細胞の行動様態を解析する必要があったのですが、その際に一つずつ手作業で細胞を認識し、解析すると膨大な時間がかかるため、それを解消するために画像認識やAIの必要性を強く感じました。
機械学習を活用すれば、細胞研究の成果をより実用に近いかたちで世の中にアウトプットできると考えたんです。
ただ、機械学習を使って細胞を認識・解析することは大学での基礎研究の枠を超えている部分もあったので、これからは応用研究の領域に携わりたいと考え、一般企業へ移ることを決めました。

なるほど。同じ細胞研究の中でも、より社会実装につながる研究領域へとステップを移されたんですね。

袴田:はい。ちょうど大学にいた時に、医工連携(医学部と工学部の連携)を通じてどんなアウトプットが描けるのかについても研究の目的としていたので、研究成果を世の中に還元することについては前々から興味がありました。

仕事選びの軸は「課題に対する仮説を作り、それを実証する体験ができるかどうか」

Ristへ入社された経緯を教えてください。

袴田:前職でライフサイエンスの領域から少し離れる機会があり、再びライフサイエンス業界に携われるポジションを探していた頃、私の経歴を見た長野社長からお声がけいただきました。
Ristについては優秀なKaggler※が多数在籍していることで知っていましたが、今後、新たに医療やライフサイエンスの領域にも力を入れていきたいという長野社長の話を聞き、入社することを決めました。

Kaggler:世界最大級のデータ分析プラットフォーム「Kaggle」に登録するユーザー。Kaggleでは企業や団体からコンペティション形式で出題された課題に対し、Kagglerたちが分析モデルの精度を競います。

袴田さんの入社はライフサイエンスソリューション部の立ち上げとほぼ同時期でしたが、部としてのスタートを切って間もないタイミングでの入社に迷いや不安はなかったですか?

袴田:特に不安はなかったです。過去にも新しい事業を立ち上げるタイミングでの入社は経験していましたし、事業が確立しているかどうかは気にならなかったですね。
それに、私にとっては、シンプルに「Ristでやりたいことができるかどうか」が重要でした。
私はライフサイエンスの中でも、プロダクトの開発が中心ではなく、研究開発を通じてビジネスを進める仕事に携わりたいと考えていました。その部分について、Ristがこれからやろうとしている方向性とマッチしていたことが入社の決め手となりました。

なるほど。袴田さんは研究者として企業で勤務されていた経歴もありますが、その時の経験からも、研究開発に携わりたいという想いがあったのでしょうか。

袴田:そうですね。もちろん、研究者の頃は「自分が何を研究したいか」がモチベーションであるのに対し、Ristでの研究開発の場合は「クライアントが何を研究したいか」がモチベーションであるという点で違いはありますが、「課題に対する仮説を作り、それが実証される」という体験ができれば、いずれも自分のやりたいことにつながると考えています。

言語化できない細胞の現象を科学的に証明するツールがAI

Ristのライフサイエンスソリューション部の活動内容を教えてください。

袴田:主な活動は、クライアントからヒアリングした情報に対して課題提起を行ったり、AIによってアプローチできる内容を提案して事業を進めることです。
また、客観的な裏付けを踏まえた提案ができるように、クライアントに関連する分野の情報やデータを収集するなど、市場調査にも力を入れています。

ライフサイエンスにAIの技術を掛け合わせることで、どのようなことが解決できるのでしょうか?

袴田:例えば、細胞を観察する時、研究者は目で得た情報や経験値を踏まえて個々の細胞の違いを理解しています。ただ、見た目で違いがわかっていても、それを言語化したり数値として証明することは難しく、そこで活躍するツールがAIだと考えています。

日常生活の中でも、言語化や数値化がしにくい状態ってありますよね。
例えば、親が子供の体調の変化に気づいた時、いつもと様子が違うのは認識できるのにうまく言語化できない時などです。「なんとなく今日はいつもと違うな」と思っていても、「どこがどのようになっているから」という明確な理由の説明が難しい。そういうケースが、ライフサイエンスの世界ではたくさんあります。

人の経験や知覚によって認識できても、それを科学的に証明することが難しいケースということですね。

袴田:そうですね。細胞研究においては、培地を交換するために細胞を新しい場所へ移す作業があるのですが、毎日細胞を見ている研究者は「この細胞が元気だ」とか「細胞がイキイキしているから、今は実験していい」などの表現をよく使います。
要するに”細胞の顔つき”を見て判断しているわけですが、なぜそう言えるのかはうまく説明できないことが多くあります。

こうしたケースにおいて、AIを用いて細胞の解析ができれば、細胞内の核やさまざまな器官などを認識した上で細胞の状態との関連性を明らかにできると考えており、「元気である」とか「イキイキしている」との関連付けが可能になると考えています。
顔に例えれば、目・鼻・口などのパーツを個々に認識することで「どこのパーツがどうなっているから体調が悪い」などを説明できるようになるかもしれません。

なるほど。AIを活用することで、さらなるライフサイエンスの研究や技術の発展に繋がるんですね。
AIで細胞を解析する取り組みは、世の中でどのくらい進んでいるのでしょうか?

袴田:世の中では徐々にできるようになっていますが、まだまだ活用する領域は多く、今後さらに重要な領域になると思います。ただ、極めて重要な領域になってきています。
生物学の学者たちは、バイオロジーには詳しくても画像解析の専門家ではないので、そのあたりをAIの専門家である我々がヘルプできることが望ましいですね。

   

仕事をしていて、やりがいを感じるのはどんな時ですか?

袴田:複雑な課題を整理し、さらに顧客と課題の価値観を共有できて、お互いのモチベーションが上がる場面ですね。もちろん、そこに辿り着くまでには何度もヒアリングや調査を繰り返したり、提案を練り直したりと苦労します。そう簡単には実現できないことだけに、できた時の達成感は大きいです。
その他にも、何かの現象に対して仮説を構築し、それが実証できた瞬間には大きなやりがいを感じます。

先程も、課題に対する仮説を作り、それが実証される体験がしたいと仰っていましたね。
過去にそのような体験をして印象に残っているエピソードなどはありますか?

袴田:ありますよ。研究に関する話で、かなりマニアックな内容ですが……。(笑)

マニアックな内容、気になります。(笑)

袴田:遺伝子導入の技術を用いて導入された遺伝子が、細胞の中でどのようなタイミングで発現するかということについて研究していた時の話です。
遺伝子発現の原理は、ざっくり言うと「遺伝子がmRNAに転写された後、タンパク質に翻訳され、タンパク質が機能を発揮することにより遺伝子の機能が発現する」という話なのですが、私はそれに関連して、GFPと呼ばれる緑色蛍光タンパク質(Green Fluorescent Protein)を用いた研究をしていました。GFPの遺伝子をある試薬を使って導入すると、GFPが発現し、蛍光を発する(光る)細胞になりますが、導入後どのようなタイミングで光り始めるのか?について研究していました。

興味深い内容ですね。研究では、どのような結果が出たんですか?

袴田:まず、前提として、細胞は細胞質と核に区画化されており、遺伝子は核の中でのみ転写しますが翻訳はされません。そのため、細胞に遺伝子を導入した場合、核の中ではなく細胞質に存在する場合は発現することはありません。
遺伝子導入で用いられる試薬は、遺伝子に細胞膜を通過させる能力はあるものの、核膜を通過させる能力については明確になっていませんでした。一方で、導入されたGFPの遺伝子はその多くが発現することが知られていたため、何らかの方法で核の中に到達することはわかっていました。
そこで、遺伝子導入試薬を用いて遺伝子を導入し、細胞を経時的に観察してみると、細胞分裂の後からGFPの蛍光(GFPが光る現象)が観察されました。これは、遺伝子導入試薬を用いて細胞質に届けられた遺伝子が、細胞分裂の際に核膜が消失するタイミングで細胞質と核が交じることにより、核内に入ることを強く示唆していました。

一方で導入試薬ではなく、電圧を用いて細胞の細胞膜と核膜に穴を空け、遺伝子を導入するエレクトロポレーションという方法を用いた時は、細胞分裂と全く関係のないタイミングでGFPが光ることもわかりました。
これらの一連の結果は、①遺伝子導入試薬で導入された試薬は細胞質にとどまり、自力では核膜を超えて核の中には入らないこと②細胞分裂の現象の際の核膜が消失することを利用して核内に導入されること ③物理的に核膜に穴を開けて核内に遺伝子を届けることによって、細胞分裂とは関係なく遺伝子が発現することの3つを示唆しており、すべての実験結果について自分が立てた仮説が矛盾なく成立することがとても面白かったです。

根源にあるのは、ライフサイエンスの現象をよりよく知りたいという気持ち

仕事でやりがいを感じることについてお聞きしましたが、逆に、苦労することや大変なことを教えてください。

袴田:一つの案件を始めるまでに、とても時間がかかることですかね。
具体的には、クライアントの根本的なニーズをきちんと理解した上で、それをAIの課題に落とし込んでいく過程に時間がかかります。

例えば、クライアントの相談で「どのようにアプローチしたら解決しそうか」といった仮説がないケースや「さまざまなデータをまとめて何かできないか」といった漠然とした要望を受けることがあります。これらの場合はまず、クライアントと議論を交わすことによって解決したい課題の解像度を上げることから始まります。その後、機械学習としてできることを提案しながら、より具体的なアプローチを構築していきます。
前者では市場調査などを通じてクライアントのドメインをより正確に把握することが重要であり、後者では課題に対して機械学習としての引き出しを多く持つことが重要です。
このように、ドメインと引き出しを柔軟に考えてアプローチを構築していくことが大変なところだと思いますが、面白いところでもあります。

なるほど。今仰っていたクライアントとのやりとりもそうですし、研究開発においても成果が出るまでに時間がかかったり、思うように研究が進まないケースが多々ありそうですね。
袴田さんはそういった経験も沢山されてきたと思いますが、モチベーションを保つために心掛けていることはありますか?

袴田:うーん、大学で研究を行っていた時は、うまくいかないことの方が普通なので、それを理由にモチベーションが下がることはなかったです。
私は、根源的に「ライフサイエンスの現象をよりよく知りたい」という気持ちが強いので、仮に実験で仮説どおりの結果が出なかったとしても「困った」という認識ではなく「実験がうまくいかなかった」あるいは「仮説が間違っていた」という一つの結果として受け止めています。

何年やっていても、良い結果はなかなか出ないですが、そのたびに仮説を修正して実験を繰り返します。正しい仮説に辿り着くのに数年かかることもありますが、辿り着いた瞬間にそれまでの苦労が報われると思います。側から見れば、変わっていると思う人もいるかもしれないですけど。(笑)

例えるなら、スポーツとかも一緒だと思います。試合で毎回勝てる人は早々いないですし、1回の試合に向けて毎日練習メニューをこなしながらコツコツと頑張りますよね。そういうところは、研究者とも共通する部分があると思います。

ここまで、経歴やお仕事の話を中心にお伺いしましたが、プライベートについても少しお聞かせください。
袴田さんは休日に何かされていたり、趣味や特技はありますか?

袴田:もともとスキーやダイビングが好きで、両方ともライセンスを持っていますが、最近は時間が取れずなかなかできていません。
ただ、趣味といえるほどではありませんが、料理は割と好きですかね。

そうなんですね。ちなみに、得意料理はありますか?

袴田:食事としての料理もしますが、お菓子作りをすることも多いです。中でもタルト系が多くて、いちご、ぶどう、柿、ブルーベリー、洋梨、ベイクドチーズ、レアチーズなど、いろんな種類を作っています。
その他にも、クッキーやスポンジケーキ、カヌレなども作りました。

袴田さん作のいちごタルトの画像を送っていただきました!トッピングも美しいです。

   

かなり本格的に、いろんなお菓子を作られているんですね!
お菓子作りのどういったところが好きですか?

袴田:お菓子作りは化学実験とも近しい部分があるので、それが面白くて作っています。

なるほど。例えばどんなところが似ていますか?

袴田:ケーキが膨らむ原理なんかは、その最たるものですね。ケーキは、材料に使うベーキングパウダーに含まれる酸性剤と炭酸水素ナトリウムの成分が、牛乳・水・卵などの材料に含まれる水分と反応して炭酸ガスが発生し、これが作用して生地が膨らむという仕組みです。
まさに化学実験みたいですよね。そんな楽しみを感じつつ、美味しくできれば尚良しです。

   

袴田さんの今後の目標をお聞かせください。

袴田:Ristのライフサイエンスソリューション部は立ち上げて間もないですが、既にいろいろと引き合いはあります。一方で、時間のかかる領域でもあるので、一つ一つ着実に売り上げへつなぎ、社会貢献が可能な状態にしていきたいです。

最後に、AI×ライフサイエンスによって今後期待することを教えてください。

袴田:AI×ライフサイエンスの研究でこれから期待することは、人では到底扱えない情報量をAIで解析し、新しい知見を見つけ出すことです。
例えば、人だと一人あたり数十個しか観察できない細胞の現象があったとしても、AIを活用すれば、同じ基準でも数百から数千とオーダーを変えて観察することが可能になります。
観察の規模が変わることによって、極めて希少な事例など新たに見えてくる現象が沢山あると考えています。

ライフサイエンスは、いわば生命の複雑さを解きほぐす領域です。今後そこにAIの技術が必要となる場面は沢山あるでしょうし、研究開発だけでなく、医療・創薬、食品、化粧品など、さまざまな分野で需要があると考えています。
これから顧客との良い研究開発を通じて、ライフサイエンス領域にイノベーションをもたらせるように頑張っていきたいです。

   

長きにわたってライフサイエンスの研究分野に携わり、その成果を世の中へのアウトプットとして変換してきた袴田さん。
複雑な思考や、結果を追い求める根気も必要とされる分野ですが、袴田さんを突き動かしてきた原動力は「未知の現象を知りたい」という純粋な想いと飽くなき探究心でした。
ライフサイエンスソリューション部の今後の活動に期待しています!

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